「オーケストラ・スタディ」なるもの,御存じでしょうか?楽器を弾かない人にはなじみがないかもしれませんが,オーケストラ曲から各パートの難しい部分を抜粋してまとめた教本です. 弦楽器に限らず各楽器ごとにあり,良くオーディションにも使われるので,プロ演奏家,特にプロ・オーケストラの入団を目指すには避けて通れない教本です.オーケストラの弦パートは本当に難しい所がありますが,管楽器の爆音の前に掻き消されることもあったりして,特にアマチュアでは,ごまかして弾いていることも多いのですが...
一方,弦楽合奏曲では一般的に,オーケストラの弦パートほど高度な演奏技術を要求されるところは少ないのですが,管楽器がないため音が薄く丸裸で荒が非常に目立つので,ごまかしが効きません. そこで,弦楽合奏曲の中で難しいパートを抜粋して練習する「弦楽合奏・スタディ」なるものがあるとして,難易度と演奏頻度からどんな曲のどの部分が選ばれるか考えてみたのですが,やはりドヴォルザークの弦楽セレナーデ第5楽章,1st Violin,93小節目からのスピッカートが1番目に来るのではないかと思うのですが.
問題のテンポですが,自分の所有しているCDでこの部分のテンポを計測してみました.(4分音符/分)
ベルリン・フィル(カラヤン) | 146.9 |
I Musici de Montreal (Yuli Turovsky) | 145.9 |
Capella Istropolitana (Jaroslav Krecek) | 145.7 |
ルツェルン祝祭弦楽合奏団(フィードラー) | 145.3 |
ベルリン室内管弦楽団(Peter Wohlert) | 143 |
アムステルダム・シンフォニエッタ | 142 |
プラハ・フィル(Jakub Hrusa) | 131 |
シュツットガルト室内管弦楽団(ミュンヒンガー) | 128 |
【番外】 | |
アルス室内合奏団(アマチュア) | 135(大健闘!) |
今回の測定した中では,僅差でカラヤンのベルリン・フィルが最速となりました.後半,少し乱れるところがありますが,小編成ではなくあの人数でこのテンポはさすがです.もちろん,速ければ良いというものではないのは言うまでなく,ミュンヒンガーが一番遅いテンポだったのですが,逆にスピッカートの歯切れの良さが際立って安定感のある演奏でした.
このようにプロの演奏でもテンポにはかなりばらつきがありますが,これを一人で弾くのではなくパート内で合わせなくてはいけないわけで,練習として考えると速く弾けるに越したことはありません.アマチュアで個人練習する場合,当座の目標は120でしょうか.これを130まで持っていければ,かなりのものだと思います.140でも楽勝で弾ける方,コンマスお願いします(笑)
もし,もっと速いCDをお持ちの方は掲示板に情報をお願いします.また,腕に覚えのある合奏団の方がいましたら,音源にリンクしますので是非ご連絡ください.
ちょっと話は変わりますが,現在,主に演奏に使われる出版譜ですが,ドヴォルザークが出版に際して自筆の初稿を改訂したものです.ところが,この改訂によって大幅なカットがなされていることは,あまり知られていません.例えば,上記の楽譜で練習記号Eからの第2主題.後半に再度現れる際には287小節から始まり385小節の第1楽章の主題まで続くのですが,ここではたった7小節で終わってしまい,すぐに件のスピッカートへと続きます.実は,この部分は初稿では79小節もあったものを,出版の際にカットしてしまったようなのです.また第3楽章のTrioでも,チェロのソロを含む34小節がカットされています.なぜドヴォルザークがこれらの部分をカットしたのか.その理由は良く分かっていません.
実は,この初稿による演奏というものもありまして,ルツェルン祝祭弦楽合奏団は3楽章のみ初稿を使用して演奏していますので,興味のある方は聴いてみてください.
更に細かい話ですが,どの楽譜でも3楽章の1st Violin,33小節目の最後の音がAになっていると思います.しかし,演奏してみると違和感があるのでGに直して弾くことが多いのではないでしょうか.ちなみに上記のCDではプラハ・フィルのみA,それ以外はすべてGでの演奏です.みなさん,どうされていますか?
7年半ぶりの加筆です.弦楽合奏をしていると,ウォーロックのカプリオール組曲を演奏する機会が少なからずあると思います.しかし,ダンスを元にした曲だという程度のことは知っていても,詳しい背景は分からない方が多いのではないでしょうか.そこで,今回,新たにまとめてみました.
ピーター・ウォーロック(Peter Warlock,1894-1930)はロンドン生まれのイギリスの作曲家ですが,古楽研究家,評論家としても活躍していました.ウォーロックとは「魔法使い」を意味するペンネームで本名はフィリップ・ヘゼルタイン(Philip Arnold Heseltine)といいます.同業者とのいざこざから逃れるために,1917年よりこのペンネームを使用し始めたようです.ディーリアスと親交があり100曲以上の声楽曲を多く書いていますが,器楽曲はわずか8曲しか残していません.金銭的には恵まれず,1930年,36歳の若さでガス自殺してしまいました.
カプリオール組曲(Capriol Suite)は,1588年に出版されたアルボーのオルケゾグラフィ(Orchesographie,舞踏体系)の舞曲を元にウォーロックが組曲にしたものです.1925年にこの本の英訳版が出版された際に,ウォーロックは音楽関連部分の翻訳を行いました.そして,翌年の1926年10月にカプリオール組曲を作曲しています.
オルケゾグラフィは,この時代のダンスの踊り方を楽曲とともにまとめた指南書です.二人の対話形式になっており,一人前の法律家だがお嬢様方との付き合いが苦手なカプリオール青年が,アルボーにダンスを習うという形で話が進行します.カプリオール(Capriol)とは,ダンスの動作のひとつでジャンプして足を前後に開く動作を指します【上図】.ウォーロックは,このダンス動作にちなんだ登場人物の名前を曲名としたわけです.
カプリオール組曲は6つの曲から成り,それぞれがオルケゾグラフィに紹介されている舞曲を原曲に近い形で使用していますが,それらに対位旋律,高声部,コーダなどが付け加えられています.出版時の編成は弦楽合奏のほかピアノ連弾のものがありましたが,1928年にはウォーロック自身がオーケストラにも編曲しています.その後,Stanley Taylorによりリコーダーにも編曲され,こちらも重要なレパートリーとなっているようです.
フランス語の“basse danse”は,「低い踊り」の意味で,これはスペインの跳躍する踊りアルタ・ダンサ(alta danza)と対照的に,足を床にすべらせるように踊られたことによります.起源は14世紀,吟遊詩人の時代の南フランスやスペインに遡り,15世紀後半にはイタリアの宮廷や,当時繁栄したブルゴーニュ公国の宮廷で一世を風靡しました.男女のペアが行列を作り抑制された雰囲気の中で踊られたそうです.オルケゾグラフィでは「バス・ダンスはレヴェランス(会釈)をして男性が女性からお別れする事で終り,アンコールとしての後半部分の繰り返し“retour”を踊るように,女性が踊りを始めた位置に戻してあげる」と述べられています.しかし,アルボーの時代にはすでに旧式の踊りになっていました.
アルボーの提示したバス・ダンスは,16世紀前半に活躍した作曲家クローダン・ド・セルミジ(Claudin de Sermisy,1495年頃~1562年パリ)のシャンソン,“Jouyssance vous donneray”「あなたに楽しみをさしあげましょう」からの編曲です(Air de la basse-dance, p34-37).ウォーロックはその中から3つのメロディを用い,最初のメロディを繰り返した後,4つ目のメロディの代わりに短いコーダで締め括っています.
パヴァーヌとは北イタリアの古都パドヴァ(Padova 古名:パヴァ)を語源とするイタリア起源の踊りで「パドヴァ風の踊り」を意味します.2拍子で男女のペアで威厳のある行列をつくって踊られ,オルケゾグラフィには「踊りやすい舞曲で,踊り手たちの列が舞踏会場を2~3回まわるまで続くように演奏される」と記述されています.
アルボーは“Belle qui tiens ma vie”「我が命をささえる麗しの人よ」という作者不明の歌曲が原曲と思われる4声部とドラムによるリズムからなるパヴァーヌを紹介しています(Pauane a quatre parties, p30-32).ウォーロックは冒頭にドラムのリズムを提示した後に,この4声のメロディをそのまま使用しています.
トゥルディオンは16世紀の前半に盛んであったフランスの踊りです.3拍子で,リズムは「8分音符三つ/8分音符,8分休符,8分音符」.しかしトゥルディオンもバス・ダンスと同様にアルボーの時代には目立った存在ではなくなっていました.アルボーの若い頃,16世紀の半ばまでには盛んで,バス・ダンスの後によく置かれたのは確かですが,パヴァーヌとガイヤルドのように音楽的なつながりを持って複雑な器楽曲となることはありませんでした.
ブランル(branle)は「揺れる」を意味するフランス語,ブランレ(branler)に由来しています.15世紀後半にバス・ダンスのステップの一つとしてこの名前が現れ,16世紀の代表的な舞曲となりました.この踊りは,あらゆる階級で用いられ,西ヨーロッパの各地に現れましたが,主な舞台となったのはフランスです.陽気で誰にでも踊る事が出来たことから広く流行したようです.基本的には男女の組みが輪を作って左回りに踊るいわゆる「輪舞」でした.
アルボーは23ものブランルを紹介していますが,ウォーロックはその中から,ブランル・サンプル(Branle Simple, p71),ブルゴーニュのブランル(Branle de Bourgoigne, p73),オル・バロワのブランル(Branle du hault Barrois, p73-74),ブランル・クペ「ピナゲイ」(Branle couppe appelle Pinagay, p75),ブランル・クペ「シャルロッテ」(Branle couppe appele Charlotte, p76)の5つのブランルを組み合わせて使用しています.
最初の1フレーズは「ポワトゥーのブランル」(Branle de Poictou, p79-80)のものですが,その後の3フレーズはオルケゾグラフィには無く,ウォーロックが展開させたものと思われます.
「ピエ・アン・レール」(pied en l'air)とは,ダンスで重心を片脚にかけた際に,残った空中にあるもう一方の脚のことを指します.
前半は「道化師たち」という踊り(Air des Bouffons, p99-104)の変奏曲です.オルケゾグラフィでは「踊り手たちは小さな胴鎧をつけて,房飾りの肩章とつるしを絹地の上のベルトにつけている.彼等の兜は金色の厚紙でできていて,腕はむき出し.足の上には鈴をつけている.右手に剣,左手には盾を構える.2拍子の独特な旋律で踊り,剣と盾のガチガチ鳴る音を伴う」と記載されています.
後半にはメロディがなく,ウォーロックの尊敬していたバルトークのような不協和音の衝突がありますが,これは剣と盾のぶつかり合う騒々しさを示しているようです.
皆さん,バッハのヴァイオリン協奏曲をご存知ですか?などとこのページを見ている方に言ったら怒られるかも知れません.ヴァイオリン協奏曲第1番,第2番,そして2つのヴァイオリンのための協奏曲の3曲が残されています.2つのヴァイオリンのための協奏曲は,ドイツ語でDoppel Concertoといわれ,「ドッペル」(ドイツ語でdouble,2重の意)と通称で呼ばれることもあります.ヴァイオリンのレッスンにも欠かせない曲で,難易度的にはドッペルのセカンド,ファースト,1番,2番の順で難しくなります.伴奏は弦楽とチェンバロのみで,弦楽合奏の重要なレパートリーのひとつとなっています.
ところがドッペルといえばこの曲しかないと思っているあなた!実はもう一曲あるのです.それは,2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1060aです.BWV1060ってオーボエとヴァイオリンじゃないの?という方もいると思います.これは,もともと2台のチェンバロのための協奏曲BWV1060を元に復元された協奏曲でオーボエとヴァイオリンで演奏されることがほとんどなのですが, オーボエパートはヴァイオリンでも演奏可能で,実際私の見た楽譜にはOboe(Violin)と書かれていました.逆に,ヴァイオリン協奏曲第1番はチェンバロ協奏曲第7番に,ヴァイオリン協奏曲第2番はチェンバロ協奏曲第3番,2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043は2台のチェンバロのための協奏曲第3番にそれぞれ編曲されています.
ところが,チェンバロ協奏曲はまだ数曲残されています.もしかして...と気づいた方はするどい!実はこれらは現在は失われたヴァイオリン協奏曲(もしくはオーボエ)の編曲と考えられており,チェンバロ協奏曲第1番BWV1052,第5番BWV1056はそれぞれヴァイオリン協奏曲BWV1052a,BWV1056aとして復元され演奏されています.が,その知名度はBWV1060aと比べ低いようです.更に,3つのチェンバロのための協奏曲BWV1064というのもあり,これは3つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1064aとして復元されています.
復元の際にヴァイオリンかオーボエかの判断が,どういう根拠によるものなのか私は良く知りません.音域や音形から判断してのことなのでしょうか?(バッハに詳しい方,情報お待ちしてます.)
最後に編曲の対応表とお決まりのCDリストを載せておきます.
さて,バッハのヴァイオリン協奏曲についてもうすこし調べてみました.まず,オリジナルとして残されている3曲のヴァイオリン協奏曲のうち,ヴァイオリン協奏曲第1番BWV1041と2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043はバッハ本人による楽譜が残されていましたが,ヴァイオリン協奏曲第2番BWV1042は,バッハの死後,バッハの息子であるCarl Philip Emanuelの仲間,S. Heringによる写譜から発見されました. ただ,その編曲と考えられるチェンバロ協奏曲第3番BWV1054が残されているのでオリジナルであることに間違いはありません.しかし,2曲を比べるとBWV1054には一部変更が加えられていることから,現在一般に演奏されるHeringによるものはバッハが手直しする前のヴァージョンだと考えられ,BWV1054から考えられる,よりオリジナルに近い形での演奏も試みられています.
BWV1060についてですが,チェンバロへの編曲の際には低く転調されることが多く,また当時の2重協奏曲の編成から考えて2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調の編曲と考えるのが自然なようです.しかし,1930年代に権威あるドイツの音楽学者Max Seiffertによりヴァイオリンとオーボエ(ニ短調)の楽譜が発表され,その編成が定着しました.さらにバロックオーボエにより適した調に合わせるためハ短調に転調されたようです.
ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041 | → | チェンバロ協奏曲第7番ト短調BWV1058 |
ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042 | → | チェンバロ協奏曲第3番ニ長調BWV1054 |
2つのヴァイオリン協奏曲ニ短調BWV1043 | → | 2台のチェンバロのための協奏曲第3番ハ短調BWV1062 |
オーボエとヴァイオリン(もしくは2つのヴァイオリン)のための協奏曲ハ短調(ニ短調)BWV1060a | ← | 2台のチェンバロのための協奏曲第1番ハ短調BWV1060 |
ヴァイオリン協奏曲ニ短調BWV1052a | ← | チェンバロ協奏曲第1番ニ短調BWV1052 |
ヴァイオリン協奏曲ト短調BWV1056a | ← | チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056 |
3つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調BWV1064a | ← | 3台のチェンバロのための協奏曲ハ長調BWV1064 |
Solo & Double Violin Concertos: The Academy of Ancient Music HARMONIA MUNDI 907155 | BWV1041-1043, 1060a (for 2 Violins) |
Violin Concertos: Tafelmusik Baroque Orchestra SONY Classics 66265 | BWV1041-1043, 1064a |
Violin Concertos: Collegium Musicum CHANDOS 594 | BWV1041-1043, 1064a |
Violin Concertos: Orchestra of The Age of Enlightenment EMD/VIRGIN CLASSICS 61558 | BWV1041-1044, 1052a, 1056a, 1060a, 1064a |
Harpsichord Concertos 2: Cologne Chamber Orchestra NAXOS 8554605 | BWV1054, 1058, 1063, 1064, 1064a |
Violin Concertos: Cologne Chamber Orchestra NAXOS 8554603 | BWV1041-1043, 1052a |
弦楽合奏曲というのも色々ありまして,はじめから弦楽合奏のために作曲されたもの以外に,弦楽合奏版と称される他の曲を編曲したものがあります.その中には,もともと違う編成だったものを後に他の作曲家,演奏家,もしくは作曲家自身が弦楽合奏用に編曲したものや,現在は違う形で演奏されることが多いが本来は弦楽合奏であったもの,作品の一部が弦楽であるのを抜き出して演奏されるものなどがあります.
作曲者自身の編曲の例で最も有名なものは,シェーンベルクの「浄夜」です.この曲はもともと弦楽六重奏曲(Vn2,Va 2,Vc 2)として1899年に作曲されましたが,1917年に作者自身の手で弦楽合奏に編曲,さらに1943年改作されています.弦楽合奏のレパートリーとして忘れてはならないグリーグのホルベルク組曲も,1884年ノルウェー文学の父といわれるホルベルクの生誕200年に際しピアノ独奏曲として作曲され,その翌年弦楽合奏に編曲されました.
もともとは弦楽合奏であったものとしては,モーツァルトのアダージョとフーガがあります.この曲は,1783年に作曲された2台のピアノのためのフーガ(K.426)を,1788年弦楽に編曲,前奏曲としてアダージョを付け加えたものです.弦楽四重奏としても演奏されますが,一部コントラバスパートがあるため本来は弦楽合奏のためのものと考えられます.
カルテットの弦楽合奏への編曲で忘れてはならないのがマーラーの編曲です.マーラーはシューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」を弦楽に編曲しハンブルク・オペラで第2楽章アンダンテのみを演奏しました.しかし,それは不評に終わりました.マーラーはそれにもめげずに,1899年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲ヘ短調「セリオーソ」を弦楽に編曲しウィーンフィルで演奏しました.しかし,これまた当時の保守的な批評家に大不評であったようです.そして,このようなマーラーの弦楽合奏への熱意が交響曲第5番第4楽章のアダージェットへとつながったといわれています.
ベートーヴェンの弦楽四重奏は他も弦楽合奏で演奏されておりバーンスタイン指揮/ウィーンフィルによる第14番,16番,クレンペラー指揮/フィルハーモニア管弦楽団による弦楽四重奏のための大フーガなどの録音があります.大フーガはもともと弦楽四重奏曲第13番の終楽章として作曲されましたが,初演時に不釣合いに長すぎると指摘され違うものに差し替えられました.そしてその後,弦楽四重奏のための独立した曲となりました.つい最近,プレヴィン指揮/ウィーンフィルによる弦楽四重奏曲14番がヴェルディの弦楽四重奏曲(トスカニーニ編曲)とのカップリングで出ましたね.(DG 463579-2)
ヴェルディは1873年,「アイーダ」上演のためにナポリに来ていましたが,プリマドンナが急病となり上演が延期されたため,その暇を埋めるためにこの弦楽四重奏曲を作曲しました.当初は,ヴェルディはこの曲を遊びと考え出版させませんでしたが,後に思い直し日の目を見ました.
チャイコフスキーは1871年,かの有名なアンダンテ・カンタービレを含む弦楽四重奏曲第1番を作曲しました.そして,その17年後の1888年,チェリストの友人ブランデュコフのためにアンダンテ・カンタービレをチェロと弦楽オーケストラへ編曲しました.また,ノクターンも同様に編曲されていますが,その際両者とも半音高く転調されています.その他に,弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」も弦楽合奏で演奏されています. ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番は,バルシャイによって弦楽合奏に編曲され室内交響曲と呼ばれています.もともとショスタコーヴィチの交響曲やチェロ協奏曲の主題が登場するこの曲が弦楽合奏となると,まさに交響曲のようです.
ブルックナーの弦楽五重奏曲もスタットルマイヤーによる編曲があります.ブラームスでは,ヴェーグ指揮の弦楽五重奏曲第2番や,タルミ指揮の弦楽六重奏曲第1番が録音されています.ヴォルフの弦楽四重奏曲「イタリアのセレナーデ」,プッチーニの「菊」も弦楽合奏で演奏されています.メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲はそのままでも弦楽合奏みたいなものですが,もっと大編成の弦楽合奏版もあります.オッフェンバックのセレナーデもシェーンヘルにより,2つのチェロのための二重奏曲から編曲されました. 弦楽合奏への編曲で注目すべきところはやはりコントラバスの扱いでしょう.もともとカルテットなどでコントラバスパートが無い場合が多く,編曲者の腕の見せ所でもあります.コントラバスが加わることで,弦楽合奏版ならではの重厚感が生み出されるのです.また,マーラーは「死と乙女」の編曲で,ミュートの指示により曲に変化をつけたりもしました.
バッハのゴールドベルク変奏曲の弦楽合奏版というのもあります.ヴァイオリニスト・指揮者であるシトコベツキ編曲によるものです.弦楽三重奏版を1984年に録音(ORFEO 138851)したのに続いて,1993年に弦楽合奏版を編曲し自らコンサートマスター兼指揮者をつとめました.
カルテットを弦楽合奏でやるなんて邪道だ,なんて思っているあなた.もちろんオリジナルはすばらしいですが弦楽合奏版も捨てたものじゃないですよ.是非聴いてみてください.最後に参考までCDリストを載せておきます.(CDNOW amazon(2006/7/9)へのリンクつき)
モーツァルト:弦楽のためのアダージョとフーガ | カラヤン:ベルリンフィル,アダージョ2 (PGD/DEUTSCHE GRAMMOPHON 49515) |
シューベルト : 「死と乙女」 (弦楽合奏版,マーラー編曲) | 水戸室内管弦楽団 (SONY MUSIC 61970) |
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」 (弦楽合奏版,マーラー編曲) | ドホナーニ指揮:ウィーンフィル (DECCA SPECIAL IMPORTS 452050) |
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番,第16番 (弦楽合奏版,ミトロープス編曲) | バーンスタイン指揮:ウィーンフィル (PGD/DEUTSCHE GRAMMOPHON 35779) |
ベートーヴェン:弦楽四重奏のための大フーガ (弦楽合奏版) | クレンペラー指揮:フィルハーモニア管弦楽団 (EMD/EMI CLASSICS 66793) |
ブルックナー:弦楽五重奏曲 (弦楽合奏版,スタットルマイヤー編曲) | ツァグロゼク指揮:バンベルク交響楽団 (ORFEO 348951) |
ブラームス:弦楽五重奏曲第2番(弦楽合奏版) | ヴェーグ指揮:カメラータ・アカデミカ (CAPRICCIO 10427) |
ブラームス:弦楽六重奏曲第1番(弦楽合奏版) | タルミ指揮:サンディエゴ交響楽団 (PRO ARTE 3433) |
チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ (チェロと弦楽のための)ほか | Markiz/Nieuw Sinfonietta Amsterdam (GLOBE 6021) |
チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」 (弦楽合奏版) | フィリップ・アントルモン指揮:ウィーン室内管弦楽団 (NAXOS 8.550404) |
ショスタコーヴィチ:室内交響曲 (弦楽四重奏曲第8番,バルシャイ編曲) |
ローランド・メリア指揮:ダルガット弦楽アンサンブル |
ヴェルディ:弦楽四重奏曲 (弦楽合奏版) | ズーカーマン指揮:イングリッシュ室内管弦楽団 (SONY CLASSICS 62828) |
ヴォルフ:弦楽四重奏曲「イタリアのセレナーデ」 (弦楽合奏版) | イ・ムジチ合奏団 (PGD/PHILIPPS 456330) |
プッチーニ:「菊」(弦楽合奏版) | Dessaints/Ensemble Amati's Musicians (ANALEKTA/FLEUR DELYS 23050) |
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲(弦楽合奏版) | Tognetti/Australian Chamber
Orchestra (SONY CLASSICS 62828) |
バッハ:ゴールドベルク変奏曲 (弦楽合奏版,シトコベツキ編曲) | シトコベツキ:NES室内管弦楽団 (NONESUCH 79341) |
弦楽合奏に欠かせない曲といえば弦楽セレナーデ.もちろん,一番有名なのはチャイコフスキーとドヴォルザークだというのはご存知のとおりです.二大弦楽セレナーデといえばこの2曲で,よくCDでもカップリングされています.三大弦楽セレナーデとなると,やはりエルガーを加えることになるでしょう.ブラームスが弦楽セレナーデを作曲していないのが残念ですが.
でも,弦楽セレナーデがまだまだ沢山あるのをご存知ですか?
まず,取り上げたいのはスーク.彼はドヴォルザークの弟子で彼の娘と結婚しており,ヴァイオリニストのスークの祖父にあたります.四大弦楽セレナーデにするならこの曲で決まりでしょう.
スウェーデンの作曲家,ウィレンの弦楽セレナーデもよく演奏会の曲目に取り上げられています.ヴォルフのイタリアのセレナーデは本来カルテットの曲ですが弦楽合奏で演奏されています.同じくイタリアの作曲家ヴォルフ-フェラーリのものもたまに演奏されています.バーバーといえば弦楽のためのアダージョが有名ですが,彼も弦楽セレナーデを書いています.他にもいろいろな作曲家も弦楽セレナーデを作曲していますがほとんど演奏会ではお目にかかりません.個人的にはカルウォーヴィチの弦楽セレナーデがいいかなと思います.
余談ですが,かの有名なアイネクライネナハトムジークは,モーツァルトのセレナーデ13番であることは意外に知られていませんね.
最後に弦楽セレナーデのリストを掲載しておきます.(完璧ではありませんので念のため)
Barber, Samuel (1910-1981): Serenade for Strings Op.1
Berkeley, Lennox (1903 - 1989): Serenade for Strings, Op.12
Dvorak, Antonin (1841-1904): Serenade for String Orchestra in E major, Op.22
Elgar, Edward (1857-1934): Serenade for String Orchestra in E minor, Op.20
Fuchs, Robert (1847-1927): Serenade for Strings
Hakanson, Knut (1887 - 1929): Serenade for Strings, Op 15
Howells, Herbert (1892 - 1982): Serenade for Strings
Kalinnikov, Vasily Sergeyevich (1866 - 1901): Serenade for Strings
Karlowicz, Mieczyslaw (1876-1909): Serenade for Strings, Op.2
Klengel, Julius (1859 - 1933): Serenade for Strings, Op 24
Komorous, Rudolf (1931 - ): Serenade for Strings
Kulesha, Gary (1954 - ): Serenade for Strings
Larsson, Lars-Erik (1908-1986): Little Serenade for strings, Op.12
Lesur, Daniel-Jean-Yves (1908 - ) : Serenade for Strings
Offenbach, Jacques (1819-1880): Serenade in C major
Reinecke, Carl (1824-1910): Serenade in G minor op. 242
Reznicek, Emil Nikolaus von (1860-1945): Serenade for strings
Ropartz, Joseph Guy (1864 - 1955): Serenade for Strings
Silvestrov, Valentin (1937 - ): Serenade for Strings
Suchon, Eugen (1908 - 1993): Serenade for String Orchestra, Op 5
Suk, Josef (1874-1935): Serenade for strings in E flat major, Op.6
Tchaikovsky, Pyotr Ilych (1840-1893): Serenade for String Orchestra in C major, Op.48
Volkmann, Robert (1815 - 1883): Serenade No. 1-3
Warlock, Peter (1894 - 1930): Serenade for Strings
Webber, William Lloyd (1914 - 1982): Serenade for Strings
Wiren, Dag (1905-1986): Serenade for Strings, Op.11
Wolf, Hugo (1860-1903): Serenade for String Quartet in G major "Italian Serenade"
Wolf-Ferrari, Ermanno (1876-1948): Serenade for Strings in E flat major