カプリオール考



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 7年半ぶりの加筆です.弦楽合奏をしていると,ウォーロックのカプリオール組曲を演奏する機会が少なからずあると思います.しかし,ダンスを元にした曲だという程度のことは知っていても,詳しい背景は分からない方が多いのではないでしょうか.そこで,今回,新たにまとめてみました.

 ピーター・ウォーロック(Peter Warlock,1894-1930)はロンドン生まれのイギリスの作曲家ですが,古楽研究家,評論家としても活躍していました.ウォーロックとは「魔法使い」を意味するペンネームで本名はフィリップ・ヘゼルタイン(Philip Arnold Heseltine)といいます.同業者とのいざこざから逃れるために,1917年よりこのペンネームを使用し始めたようです.ディーリアスと親交があり100曲以上の声楽曲を多く書いていますが,器楽曲はわずか8曲しか残していません.金銭的には恵まれず,1930年,36歳の若さでガス自殺してしまいました.

 カプリオール組曲(Capriol Suite)は,1588年に出版されたアルボーのオルケゾグラフィ(Orchesographie,舞踏体系)の舞曲を元にウォーロックが組曲にしたものです.1925年にこの本の英訳版が出版された際に,ウォーロックは音楽関連部分の翻訳を行いました.そして,翌年の1926年10月にカプリオール組曲を作曲しています.

 オルケゾグラフィは,この時代のダンスの踊り方を楽曲とともにまとめた指南書です.二人の対話形式になっており,一人前の法律家だがお嬢様方との付き合いが苦手なカプリオール青年が,アルボーにダンスを習うという形で話が進行します.カプリオール(Capriol)とは,ダンスの動作のひとつでジャンプして足を前後に開く動作を指します.ウォーロックは,このダンス動作にちなんだ登場人物の名前を曲名としたわけです.

 カプリオール組曲は6つの曲から成り,それぞれがオルケゾグラフィに紹介されている舞曲を原曲に近い形で使用していますが,それらに対位旋律,高声部,コーダなどが付け加えられています.出版時の編成は弦楽合奏のほかピアノ連弾のものがありましたが,1928年にはウォーロック自身がオーケストラにも編曲しています.その後,Stanley Taylorによりリコーダーにも編曲され,こちらも重要なレパートリーとなっているようです.

1. バス・ダンス(Basse-Danse)
 フランス語の"basse danse"は,「低い踊り」の意味で,これはスペインの跳躍する踊りアルタ・ダンサ(alta danza)と対照的に,足を床にすべらせるように踊られたことによります.起源は14世紀,吟遊詩人の時代の南フランスやスペインに遡り,15世紀後半にはイタリアの宮廷や,当時繁栄したブルゴーニュ公国の宮廷で一世を風靡しました.男女のペアが行列を作り抑制された雰囲気の中で踊られたそうです.オルケゾグラフィでは「バス・ダンスはレヴェランス(会釈)をして男性が女性からお別れする事で終り,アンコールとしての後半部分の繰り返し"retour"を踊るように,女性が踊りを始めた位置に戻してあげる」と述べられています.しかし,アルボーの時代にはすでに旧式の踊りになっていました.
 アルボーの提示したバス・ダンスは,16世紀前半に活躍した作曲家クローダン・ド・セルミジ(Claudin de Sermisy,1495年頃〜1562年パリ)のシャンソン,"Jouyssance vous donneray"「あなたに楽しみをさしあげましょう」からの編曲です(Air de la basse-dance, p34-37).ウォーロックはその中から3つのメロディを用い,最初のメロディを繰り返した後,4つ目のメロディの代わりに短いコーダで締め括っています.

2. パヴァーヌ(Pavane)
 パヴァーヌとは北イタリアの古都パドヴァ(Padova 古名:パヴァ)を語源とするイタリア起源の踊りで「パドヴァ風の踊り」を意味します.2拍子で男女のペアで威厳のある行列をつくって踊られ,オルケゾグラフィには「踊りやすい舞曲で,踊り手たちの列が舞踏会場を2〜3回まわるまで続くように演奏される」と記述されています.
 アルボーは"Belle qui tiens ma vie"「我が命をささえる麗しの人よ」という作者不明の歌曲が原曲と思われる4声部とドラムによるリズムからなるパヴァーヌを紹介しています(Pauane a quatre parties, p30-32).ウォーロックは冒頭にドラムのリズムを提示した後に,この4声のメロディをそのまま使用しています.

3. トゥルディオン(Tordion)
 トゥルディオンは16世紀の前半に盛んであったフランスの踊りです.3拍子で,リズムは「8分音符三つ/8分音符,8分休符,8分音符」.しかしトゥルディオンもバス・ダンスと同様にアルボーの時代には目立った存在ではなくなっていました.アルボーの若い頃,16世紀の半ばまでには盛んで,バス・ダンスの後によく置かれたのは確かですが,パヴァーヌとガイヤルドのように音楽的なつながりを持って複雑な器楽曲となることはありませんでした.

4. ブランル(Bransles)
 ブランル(branle)は「揺れる」を意味するフランス語,ブランレ(branler)に由来しています.15世紀後半にバス・ダンスのステップの一つとしてこの名前が現れ,16世紀の代表的な舞曲となりました.この踊りは,あらゆる階級で用いられ,西ヨーロッパの各地に現れましたが,主な舞台となったのはフランスです.陽気で誰にでも踊る事が出来たことから広く流行したようです.基本的には男女の組みが輪を作って左回りに踊るいわゆる「輪舞」でした.
 アルボーは23ものブランルを紹介していますが,ウォーロックはその中から,ブランル・サンプル(Branle Simple, p71),ブルゴーニュのブランル(Branle de Bourgoigne, p73),オル・バロワのブランル(Branle du hault Barrois, p73-74),ブランル・クペ「ピナゲイ」(Branle couppe appelle Pinagay, p75),ブランル・クペ「シャルロッテ」(Branle couppe appele Charlotte, p76)の5つのブランルを組み合わせて使用しています.

5. ピエ・アン・レール(Pieds en l'air)
 最初の1フレーズは「ポワトゥーのブランル」(Branle de Poictou, p79-80)のものですが,その後の3フレーズはオルケゾグラフィには無く,ウォーロックが展開させたものと思われます.
「ピエ・アン・レール」(pied en l'air)とは,ダンスで重心を片脚にかけた際に,残った空中にあるもう一方の脚のことを指します.

6. マタシャン-ソード・ダンス(Mattachins - Sword Dance)
 前半は「道化師たち」という踊り(Air des Bouffons, p99-104)の変奏曲です.オルケゾグラフィでは「踊り手たちは小さな胴鎧をつけて,房飾りの肩章とつるしを絹地の上のベルトにつけている.彼等の兜は金色の厚紙でできていて,腕はむき出し.足の上には鈴をつけている.右手に剣,左手には盾を構える.2拍子の独特な旋律で踊り,剣と盾のガチガチ鳴る音を伴う」と記載されています.
 後半にはメロディがなく,ウォーロックの尊敬していたバルトークのような不協和音の衝突がありますが,これは剣と盾のぶつかり合う騒々しさを示しているようです.

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